をろしや遊覧記

- Хороший день - земля в цвету. Цветы растут, и я заморожен.

(― 素晴らしい日、郷土は花咲く.花は育ち、そして私は凍える.)

день 2

前座

しばらく空いてしまったので,毎週日曜に必ず書くという目標を立ててみました.実は震災の影響で,大学で夏休みを長くするという節電策が取られていて,そのためにゴールデンウィーク含む祝日全てかつ一部の土曜日が授業日になって非常に忙しいのです.

今回の文章は,悪名高きプロパガンダ映画「ベルリン陥落」の冒頭の少年合唱の曲「素晴らしい日」からのフレーズ.この映画は,スターリンが如何に第二次大戦において素晴らしく活躍したか,そして国へ忠誠を誓う事の素晴らしさと敵国ドイツの憎たらしさが表現されています.音楽は全てショスタコーヴィチが担当しました.公開が1949年と,ショスタコ2度目の窮地ジダーノフ批判の翌年であり(1度目は前述のようにプラウダ批判です.),この内容であっても作曲を担当する事を断る事は出来なかったのでしょう.パロディ部分ですが,「そして私は凍える」は,凍えるではなくて成長するです.また「寒い」ネタですが,本当に寒いので仕方ないです.

ちなみに当サイトでは,SovMusicの紹介でこの「素晴らしい日」が聞けるだけでなく,「ベルリン陥落」全編動画も見る事が出来ます(字幕はまだなし).Twitter経由で来た人はあんまりご存じないかもしれませんが,このサイトはショスタコーヴィチが作曲に携わった映画で,著作権が消滅したもの24作品中23作品を全編公開しているのです.おまけに,2作品については翻訳を行い,日本語字幕をつけているのです.結構頑張ってるのです.

ちなみに翻訳した2つは,ほぼサイレント映画で,ロシア語の文字が表示されているのでそれを翻訳したのですが,それ以外の全ては普通のトーキー映画で,ロシア語を聞き取る必要があります.このため少しサイトとしての本業である翻訳は休止しており,大学でロシア語を学んでいるというわけです.もうすぐ学び始めて2年半になります.単語に問題はありますが,割と聞き取れるようになってきた気がします.バリバリ翻訳できる日が楽しみです.

観光へ

おはようござむい.

サンクトペテルブルグの鳥瞰 - アジムトホテルにて

なんだか夕焼けみたいに見えますが,朝7時前です.緯度が高いせいか,どうも朝晩がぼんやりと明るくなっていく感じで,日本とは違います.ちなみに気温はマイナス5度です.冷凍庫ですね.もうこのレベルになると「ガクブル」ではなく「あっ・・・そう来るの」って感じですね.

さて,朝食です.ビュッフェ形式.

肉や野菜,ライスの他に,ロシアではお馴染みの白パンと黒パン,他にボルシチなどのスープもありました.そしてここのチーズがすごくおいしかったのが印象に残っています.日本の学校給食などでお馴染みのスライスチーズって,どうも臭みとか酸味が独特ですよね.それが嫌いな人でも食べられるのではないか,というほど刺激はあっさり,しかし味は濃厚というものでした.簡単にたくさん並べてあったのでそう高い物でもないんだろうな・・・.是非日本でも食べたいです.

素敵な朝食 - アジムトホテルにて

出発

さて,素敵な朝食のあとはいよいよ出発.今日はかつて女帝が住んだエカテリーナ宮殿と,収蔵点数300万点を誇るエルミタージュ美術館へと向かいます.ガイドのロシア人のおじさん,運転手,添乗員と観光客7人は大きめのワゴン車に乗り込みました.

団体移動は全てこの車 - 車内

(結構前座に時間をとられてしまうんですよね...続く)

さてみなさまズドラーストヴィチェ.この書きかけの旅行記も,まだ観光を開始していない段階で優に3年が経過してしております(現在2014年8月).なぜ3年経過した今頃になって更新を再開するのかというと,今月またロシアに行くからです.今回はシベリアなのですが,さすがにロシア旅行記を終わらせる前に次のロシアに行くわけには行かない….

記憶も薄れかけているので,文章少なめとはなりますが続きをお楽しみください.

サンクトペテルブルグ郊外ツァールスコエ・セローへ

車内でロシア人男性ガイドの方の自己紹介が始まります.日本語は上手で,お話を伺うと日本の大学に留学され都内に住んでいたことがあり,日本に関しても色々ご存知のようでした.日本に比べてだいぶ寒いという話をすると,「寒いのは嫌いです.那覇に住みたいですね.暑さで死ぬのが夢です.」 とのことでした.

エカテリーナ宮殿

さて,観光一発目はエカテリーナ宮殿です.

エカテリーナ二世の好きな水色,雪,空そして太陽

サンクトペテルブルグ市街地から南に車で30分ほど行ったところにある宮殿で,エカテリーナ女帝が夏の間,市街地から離れ避暑のために生活していた豪華絢爛な宮殿です.第二次大戦でドイツ軍の略奪に遭ったりしましたが,現在ではその豪華さも復元され,観光地として賑わっています.

入り口の門が芸術的

夏に避暑地として使われていたというエカテリーナ宮殿

見学がスタートし,人が一気になだれ込む

ちょっとした壁も美しい

今回の旅では,ガイドの方のお話を無線の受信機につながったイヤホンを通じて聞きます.少し離れてもよく聞こえるので,屋内外で色々見て回るには便利でした.博識のガイドはエカテリーナ宮殿ではその歴史に関する知識も存分に披露しており,すれ違った見知らぬ日本人観光客がそれを横から聞いて「えっ,そうなの?」と言うほどでした.(内容は忘れた)

輝かしい大広間

天井にまで装飾が施されている

長い長い廊下

彫刻が格好良いチェス

雪はかなり深く,奥の池は凍っている

長い冬の終わりも近い3月とあって,ここら一帯は雪が深く積もっています.なんでも港湾に面したサンクトペテルブルグは雨・雪の日が多く,1年に300日は雨や雪が降るといいます.今日は晴れていますが,天候も変わりやすいのだそうです.

柵の高さまで雪が満杯

裏から見た宮殿

脇に小さな教会があった

この教会に入った覚えは全くないのだが,古文書によると,

帰った.エカテリーナ宮殿は豪華で広かった.近くの小さな教会で,司祭がお香の入ったものを鎖でぶら下げて振っていたのが面白い.同行した人曰く,ヨーロッパの教会は観光地化されているがロシアは一般の信仰も根強いという.エルミタージュ美術館は圧倒的な広さと種類.ガイドの人の知識も豊富だった

[email protected]量子将棋の人 (@na2hiro) 2011, 3月 26

ということらしいです(便利なのでツイート使っていこう)

Русский Чай(ロシアンティー)で昼食

さて,昼食の時間.寒い外を歩き回った後の温かいボルシチは何よりうまかったです.本場ではボルシチにスメタナと呼ばれるサワークリームを入れて食べます.

帰国後このうまさが忘れられず,冬の寒い日に立ち寄った店にボルシチがあったら食べるようにしているのですが,どうも日本のボルシチは味が違う.最近食べていなくてどう違うのかは確かではないのですが,酸っぱさが足りないのか….ミネストローネっぽいなんとなくおいしいスープが出てくることが多いです.これは本場のボルシチだなあと思ったのは,名古屋ロゴスキーと神戸のお店(多分バラライカ)の両ロシア料理専門店でした.ロゴスキーはボルシチ缶詰もあるのでおすすめです.この夏,暑い中になるかもしれませんが,またボルシチを食べられることを楽しみにします.

ボルシチとピロシキ

エルミタージュ美術館

ここでサンクトペテルブルグ市街地に戻る.

かつて冬宮殿であったが,革命以降にエルミタージュ美術館となった.

午後はエルミタージュ美術館へ.ここには各地から集められた美術品がなんと300万点も.到底1日で全て見て回ることはできません.「1日≒10万秒としても,もし1日で全部見回るとしたら,300万/10万=30ヘルツのペースで美術品を見続ける必要がある」とかアホなことを話していました.

宮殿広場.血の日曜日,交響曲第十一番と連想するのがタコファンである.

入り口.奥行きを出すために窓に鏡が張ってある.

色々な歴史上の人物の肖像画が埋め込まれている区画

廊下

ザ・宮殿

マリアか何か(雑)

長い長い廊下

骸骨がリアル

レンブラントの絵

中で泳げそう

ここで,ロシアの暖房事情について少し.ロシアの建物は,どこもかしこも暖房がしっかり効いています.窓ガラスはほとんどが二重になっていて,熱せられた液体やら気体が通るパイプが各部屋に張り巡らされ,しっかりとした暖房となっています.エアコンというよりはこのような装置で暖められているのを見ることが多かったです.日本もそれなりに寒いし,防音という意味も込めて二重窓が一般的になれば効率的なんではないかと思いました.

外がマイナス4度なのに室温が27度に保たれていて実に「暑さで死にそう」

[email protected]量子将棋の人 (@na2hiro) 2011, 3月 26

暖房がきっちりとしているので,室内に入ったらコートを脱がなくてはなりません.美術館,博物館など大きな施設では専用のクロークがあり,番号札と引き換えにしてコートを預けるシステムになっています.この辺りは日本よりも進んでいるなと思いました.

この絵知ってる!

ゴッホっぽいと思って札を見たらゴッホだった

ピカソが普通の絵を書いたらこうなった

タペストリー

大統領も通る道らしい

さて,美術品を30ヘルツで見るのも疲れたので帰ります.メチャクチャ広くて全然回りきれなかった.あと数日間は楽しめそうです.まだまだ明るいようですが,北緯60度なので夕方もまだまだ明るいです.

ネヴァ川は氷が張っている

夕飯もビュッフェ.

ホテルにて夕食

夜ホテルの部屋に戻り,時計を整えます.そう,この日はサマータイムに切り替わる瞬間だったのです.2011年3月26日23時59分の1分後は,3月27日1時0分でした.

サマータイム突入なう

[email protected]量子将棋の人 (@na2hiro) 2011, 3月 26

旅行中に1時間を失って損した気分でしたが.今となってみると貴重な体験でした.それは,ロシアのタイムゾーンが通年サマータイム時刻に移行することに決まっていたためで,それ以降現在に至るまで,ロシアでサマータイムが迎えられることは一度もないのです.

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